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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5428号 判決 1963年5月22日

原告 千葉敏行 外二名

被告 出版輸送株式会社

主文

(一)  被告は(1)原告千葉敏行に対し金一六九万〇七二七円及び内金一四八万八、八七〇円に対する昭和三七年七月一七日から、内金二〇万一八五七円に対する同三八年一月一七日から各支払済に至るまでの年五分の割合による金員(2)原告千葉哲夫、同周子に対し各金一五万円及びこれに対する昭和三七年七月一七日から支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  被告は原告敏行に対し、金一〇万円を限度として、同原告が将来右下腿切断部の断端形成手術を受けるときはその都度右手術料の支払をせよ。

(三)  原告千葉敏行のその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用中原告千葉敏行と被告との間に於て生じた分についてはそのうち金九〇〇円(訴状貼用印紙額の一部)を右原告の負担とし、その余を被告の負担としその余の原告等と被告との間に於て生じた分については全部被告の負担とする。

(五)  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等は、「被告は原告敏行に対し金一九七万六、三七〇円、原告哲夫及び同周子に対し各金一五万円及びいづれも右各金員に対する昭和三七年七月一七日から支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め

一、原告敏行(当時三才)は、昭和三五年一月五日午後四時五〇分頃、東京都千代田区神田淡路町一丁目一三番地先道路(幅員約六米、以下「本件道路」という)右側に於て遊戯中、訴外松井盛が時速約四〇粁の速度で同区小川町方面からお茶の水方面に向つて運転する貨物自動三輪車(第六あ〇四八八号、以下「被告車」という)の荷台右側前部で接触されて転倒し、更に、右後車輪で右足甲部を轢かれて全治二ヵ月の右下腿部切断の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)

二、被告は、被告車を所有し貨物運送事業の用に供し、松井盛は、被告に雇われ被告車を運転し被告のため貨物運送業務に従事中本件事故を惹起せしめたものである。従つて、被告は、被告車の運行供用者として、被告車の運行によつて生じた本件事故の被害者である原告等に対し自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)第三条本文の規定によつて原告等が受けた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告等が本件事故によつて受けた損害はつぎのとおりである。

1  原告敏行の損害

(一)  義足代金三八万七、五〇〇円

右原告は、前記傷害によつて右下腿切断の身体障害者となつたため、別紙(一)記載のとおり三才から六〇才までの間に、合計二六・五足の義足を必要とし、その代金合計金三八万七、五〇〇円の支出を余儀なくされる。

(二)  治療費金一〇万円

右原告は幼児であるから今後の身体の発育にともない右下腿切断部の断端形成等の手術をしなければならないがそのため治療費金一〇万円の支出を余儀なくされる。

(三)  右原告が身体障害者となつたことにより将来得べかりし利益の喪失による損害金一一八万八、八七〇円

(1) 厚生大臣官房統計調査部の調査による第九回生命表によると満三才の幼児の平均余命は六一年であるから、原告敏行は満二〇才に達した後に稼働するとして将来四二年間稼働することができる。

(2) 労働大臣官房統計調査部の調査による第一三回労働統計年報によると、昭和三五年度の全産業男子労働者平均月間給与額が金二万四、三七五円であるから右原告は前記のとおりの身体障害者とならなければ右四二年間に亘り毎月、右同額を下らない収益を得ることができたものと予想される。

(3) 右原告は、前記身体障害によつて通常人に比し労働能力が低下することは明らかである。昭和三二年七月二日労働省労働基準局長から各地方労働基準局長宛の「労働者災害保障法第二〇条の規定の解釈について」と題する通達(同年基発第五五一号)中の労働能力喪失率表によれば、労働者が下腿部を切断した場合一〇〇分の七九の労働能力を喪失したものとされるから、右原告は三割を下らない労働能力を喪失したものと認むべきである。

(4) 従つて、右原告は、右四二年間に亘り、毎月少くとも右平均月間給与額金二万四、三七五円の三割に当る金七、三一二円五〇銭の割合により減収をきたし合計金三六八万五、五〇〇円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を受けることとなるが、右金額をホフマン式計算方法によつて民事法定利率の年五分の割合により中間利息を控除して本件事故当時における一時払額に換算すると金一一八万八、八七〇円となる。

(四)  慰藉料 金三〇万円

右原告は、前記受傷によつて甚大なる精神的、肉体的苦痛を受けたことは勿論のこと、今後一生涯、身体障害による精神的、肉体的苦痛に堪えなければならない。右苦痛を慰藉するには金三〇万円が相当である。

2  原告哲夫、同周子の損害(慰藉料)各金一五万円。

原告哲夫、同周子は、原告敏行(長男)が本件事故によつて前記傷害を受け無慙にも身体障害者となつたことによつて重大な精神的苦痛を受けたが更に将来同原告の養育についてただならぬ心労があることは予想に難くない。右苦痛を慰藉するには各金一五万円が相当である。

四、よつて、被告に対し、原告敏行は前項1の(一)義足代金三八万七、五〇〇円、同(二)の治療費金一〇万円、同(三)の得べかりし利益の喪失による損害金一一八万八、八七〇円、同(四)の慰藉料金三〇万円合計金一九七万六三七〇円、原告哲夫及び同周子は前項1の慰藉料各金一五万円並びにいづれも右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年七月一七日から支払済に至るまでの民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と陳述し、自賠法第三条但書の規定の主張に対する答弁として、

一、第一項の事実は否認する。

二、第二項の事実は認める。

三、第三項の事実は否認する。本件事故は、松井盛が狭隘な本件道路を進行中、原告敏行外二、三名の幼児を認めながら警音器を吹鳴して被告車の接近を知らせるとか、徐行して危急に備える等の事故防止措置を怠つて漫然進行したために生じたものであつて、松井盛の過失にもとづくものである。

と陳述し、過失相殺の主張事実を否認した。

被告は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項の事実中被告車の速度が四〇粁であつたとの点は否認する、原告敏行が受けた傷害の部位、程度については知らない、その余の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同三項の事実は否認する。原告敏行が得べかりし利益を喪失したことによる損害については、右原告が将来どのような職業につくか不明であつて得べかりし利益を予測できないからその喪失による損害の発生を認むべきでない。又、民法第七一一条の規定の反対解釈からして、原告哲夫、同周子の慰藉料請求はこれを認むべきではない。

四、同第四項の主張は争う。

と陳述し、自賠法第三条但書の規定の主張として、

一、被告及び松井盛は、被告車の運行に関し注意を怠らなかつた。本件事故は、松井盛の過失によるものではなくて、原告側の過失によつて惹起せられたものである。即ち、松井盛は、本件事故現場付近に四、五名の幼児が遊んでいるのを認めたので充分注意しながら時速約二〇粁の速度で徐行し、更に、幼児の動静に応じて時速一〇粁の速度に減速して被告車を運転していたのであるから被告車の運行に関し注意を怠つていなかつた。しかるに、原告敏行は本件道路の東側(進行方向右側)所在の紙業日日新聞社事務所玄関から突然とびだして来て松井盛が前記速度で徐行運転する被告車の運転席後方の荷台に自ら衝突転倒して本件事故を惹起させた次第である。原告哲夫、同周子は、当時原告敏行が本件道路で遊ぶことを放任していたが、これは明らかに右原告の保護者として著しく監護の義務に欠ける所為であるといえる。

二、本件事故当時、被告車には構造上の欠陥並びに機能上の障害はなかつた。

三、被告は、松井盛の採用には技能試験、経歴調査等を尽し、毎朝、同人に対し自動車の運行に関し注意を怠ることのないよう訓示して同人の選任及び監督について相当の注意を払つていた。したがつて、本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつた者というべきである。

と陳述し、過失相殺の主張として

仮りに、本件事故の一因が松井盛の過失にあるとしても、前記のとおり、原告側にも重大な過失がありこれが本件事故の原因であることが明らかであるから、この事情は、損害賠償額の算定にあたつて考慮せられるべきである。

と陳述した。

(立証)(省略)

理由

一、原告敏行の受傷の部位程度被告車の進行速度の点を除き請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は当事者間に争がなく、本件事故により右原告が右足関節軋過創の傷害を受け、ただちに東京都千代田区神田駿河台四の二名倉病院に入院し右下腿部切断(成立に争のない甲第三号証の一乃至六によれば足関節と膝関節の中間で切断)の手術を受けたことは、成立に争いない甲第六、第八、第一〇号証、証人佐藤和男の証言及びこれによつて成立を認め得る甲第二号証によつて認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、本件事故が被告のためにする被告車の運行によつて生じたものであることは当事者間に争がない。したがつて、反対の事情がない限り、自賠法第三条本文の規定によつて本件事故によつて原告等からうけた損害を賠償する責に任じなければならないのである。そこで、まづ、被告の自賠法第三条但書の主張について判断するに、成立に争のない甲第五、六、七号証、第九、一〇号証、証人稲垣治子同松井盛(一部)の各証言を総合すると

(一)  原告敏行(昭和三一年九月二〇日生、本件事故当時三才三月余)は、妹陽子(当時一才位)及び友達一名(愛称やつちやん、当時四才位)とともに、日頃から仕事の余暇に遊び相手をして呉れる稲垣憲三の勤務先紙業日日新聞社(東京都神田淡路町一丁目一三番地、本件現場道路東側沿いに所在)に遊びに行き、憲三及び同人の妻から仕事中は遊び相手になれないと断わられて右事務所を出たが、友達がまだ同事務所内に残つていたので、陽子とともに、本件道路から同事務所玄関ガラス戸越しに内部の様子を窺つていたところ、突然、友達が玄関からとびだし本件道路の反対側に向つて駈けて行つたのでこれに続いて駈け出したこと。

(二)  当時、被告会社従業員自動車運転者松井盛は、折り本を満載した被告車を運転し本件道路(幅員約六米)の中央部分を時速約三〇粁の速度で南から北に向つて進行中、前方約一四米、前記紙業日日新聞社事務所玄関前(進行方向右側)に原告敏行等二、三名の幼児を認めたが、進行速度を時速約二〇粁に減速しただけでそのまま十一、二米進行したところ、右原告が被告車の進行に気付かず、前記地点から突然本件道路西側(進行方向左側)に向つて駈け出したので、急制動の措置を講じたが及ばず、右措置を講じた後約二・六米スリツプして被告車の荷台右側前部を右原告に接触させ同原告を転側させ、更に右後車輪で同原告の右足甲部を轢いて、同原告に対し前記傷害を負わせ、更に四・一米スリツプして停止したこと(スリツプ痕の全長約六・七米)。

を認めることができる。証人松井盛の証言中右認定に反する部分は、右認定の制動距離並びに前掲甲第五、六号証、第一〇号(証実況見分調書、松井盛の各依述調書)の記載内容と対比して容易く措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

一般に、自動車を運転して進行中前方に幼児を認めた場合、幼児が充分な弁識能力を備えない身であつてみれば、自動車の進行に気付かず何時不測の行動に出るか予想し難いといわねばならないのであるから、警音器を吹鳴して幼児に対し自動車の接近を覚知させるとともに、幼児の挙動に細心の注意を払い、幼児が不測の行動に出た場合に於ても急停止の措置を講じたならば制動距離を最少限度にとどめ優に幼児との接触衝突等を回避することができる程度の速力で徐行する等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものといわなければならない。しかるに、松井盛が何等此の点について顧慮することなく前記のとおり前方に原告等幼児を認めながら単に進行速度を時速約二〇粁に減速しただけで漫然進行したことは明らかに右注意義務を怠つたものといえる。

従つて、被告の自賠法第三条但書の主張は、その余の点についての判断を俟たず失当であるから、被告は原告等に対し、同条本文の規定にもとづき、原告敏行の前記傷害による損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三、よつて原告等が受けた損害について判断する。

1  原告敏行の損害

(一)  義足代について

原告敏行が本件事故により前記傷害を受け、ただちに名倉病院に入院し右下腿部切断の手術を受けたことは前認定のとおりであるから、同原告が一生涯右下腿義足を必要とすることは明らかである。厚生省昭和三六年四月告示第七七号、同省同年五月告示第一四四号(補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準)の各第一条の規定によれば、一八才未満の身体障害者に対し適用がある児童福祉法第二一条の一三第一項の規定及び一八才以上の身体障害者に対し適用がある身体障害者福祉法第二〇条第一項の規定による補装具の種目中下腿義足の使用年数(耐用年数)及び児童福祉法第二一条の一四の規定及び身体障害者福祉法第二一条の規定により下腿義足の交付の委託を受けた業者が都道府県等に対して請求することのできる額(受託報酬の額)が、原告等が挙示する別表(一)記載の各年令に相応する「使用年数(耐用年数)」及び「価格」欄掲記のとおりであることは当裁判所に顕著な事実であつて(甲第一号証参照)、証人佐藤和男の証言によれば、右受託報酬の額が義足の最低価格であることが認められ、他に反対の証拠はない。原告千葉哲夫本人尋問の結果によれば、原告敏行が昭和三一年九月二〇日生れであつて、本件事故当時年令三才三月余の通常の健康体の男子であつたことが認められ、右年令の男子の平均余命が原告等主張の六一年を下らないことは当裁判所に顕著な事実であるから、右原告は、特段の事情のない限り右平均余命の間生存し別表(一)の基準に従つて一応右年令から同原告が主張する六〇才までの間、同原告主張の数の義足を必要としそのため義足代金合計金三八万七、五〇〇円の支出を余儀なくされるものと推認することができるけれども、前顕甲第二号証、証人佐藤和男の証言に、成立に争のない乙第五、第一一、第一三号証を合せ考えれば、原告が前記右下腿部切断の手術を受け、その後昭和三六年一一月七日中央鉄道病院に於て義足装用のための断端形成手術を受けた後本件口頭弁論終結の日である昭和三八年一月一六日当時までの間に義足二本を要したこと、しかしながら、右義足代は被告が支出したことが認められる。従つて、右期間中に於ける原告敏行の義足代金の支出による損害(金三万九、〇〇〇円)を認め難く、右原告が必要とする義足数及びそのため支出を余儀なくされる義足代は、本件口頭弁論終結当時乃ち同原告が年令六才四月当時から同原告主張の年令六〇才までの間のものに限られるべきであつて、別表(一)記載の基準に従えば、右義足数及び義足代は別表(二)記載のとおり合計二三・五足、金三四万八、五〇〇円であると算定することができるが右金額からホフマン式計算方法(複式)によつて右「使用年数(耐用年数)」毎に民事法定利率の年五分の割合による中間利息を控除してこれを本件口頭弁論終結当時における一時払額に換算すると金二〇万一、八五七円(円未満切捨)となることが計算上明らかである。右金額を以て右原告が将来必要とする義足代の現在価額と認めることができるが右を超える額の損害についてはこれを認めることができない。

(二)  治療費について

証人佐藤和男の証言によれば、原告敏行が将来成長に応じて、五、六回程度の右下腿切断部の断端形成手術を必要とし、そのため治療費として合計金一〇万円を下らない支出を余儀なくされることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。従つて、右治療費は、現在の給付を求める請求としては失当であるが、本件事案に徴し、その必要があるものと認め、将来の給付を求める請求としてこれを認容すべきが相当である。

(三)  得べかりし利益の喪失による損害金について

原告敏行が昭和三一年九月二〇日生れであつて将来六一年を下らない余命を有することは前認定のとおりであつて、右原告が挙示する労働統計年報掲記の昭和三五年度全産業男子労働者の平均月間給与額が金二万四、三七五円であることは当裁判所に顕著な事実であるから、特段の事情のない限り、右原告は前記のとおりの身体障害者とならなければ、同原告が主張するとおり二〇才に達した後稼働するとして将来四二年間稼働し、その間毎月右同額を下らない収益を挙げることができるものと推認することができ、右推認を左右するに足る特段の事情を認め得べき証拠はない。ところで、右原告が前記身体障害によつて労働能力の一部喪失をきたすことは明らかであるが、右下腿切断(前記のとおり足関節以上で切断)が労働基準法施行規則別表第一身体障害等級表の第五級の障害に当り、第五級の障害等級の労働能力の喪失率が右原告の挙示する労働能力喪失率表に於て一〇〇分の七九と定められていることは当裁判所に顕著な事実であるから、右原告が前記身体障害によつて、同原告の主張する三割を下らない労働能力を喪失したことは明らかであつて、これによつて、右四二年間、毎月少くとも右平均給与額の三割に当る金七、三一二円五〇銭の割合により合計金三六八万五、五〇〇円の得べかりし利益を喪い同額の損害を受けるものと認められるが、右金額から右原告主張のホフマン式(単式)計算方法によつて年五分の割合の中間利息を控除してこれを本件事故当時の一時払額に換算すると金一一八万八、八七〇円となることが計算上明らかである。したがつてこの金額を以て、右原告が喪失した将来得べかりし利益の現在価額と認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

2  原告等の慰藉料について

(一)  前顯甲第二、第七、八号証によれば、原告敏行が本件事故によつて受けた前記傷害を治療するため約一ヵ月間の入院治療と退院後相当期間の通院治療を受けたことが認められ、右入院中に右下腿切断の手術を受けたこと、その後義足装用のための断端形成手術を受けたこと、右原告が一生涯義足を装用しなければならずその間少くとも五、六回、断端形成手術を受けなければならないことは前認定のとおりであつて、これらの事実からして右原告が前記傷害によつて現在までに受けた精神的、肉体的苦痛並びに将来身体障害者として感受すべき精神的肉体的苦痛が甚大であることは容易に推認できるところである。

原告敏行の両親である原告哲夫、同周子が、原告敏行が本件事故によつて前記傷害を受け、身体障害者となつたことによつて重大な精神的苦痛を受けたことは容易に推認できるところであるが、原告千葉哲夫、同千葉周子の各本人尋問の結果によれば、原告哲夫(三三才)が尋常高等小学校、鉄道学校卒業の学歴を有し、昭和三四年一二月二八日、国鉄見習運転士に採用され、現在、運転士として月収約三万円を得て、本件事故現場近くの六畳一間の国鉄寮に於て妻子四人の家族を擁し生活しているが、特記するに足る資産を有しない者であること、原告周子(二八才)が高等女学校卒業の学歴を有し昭和二九和一一月原告哲夫と婚姻し、現在、家事と三人の子女の養育に従事している主婦であること、右原告両名が原告敏行の将来を案じ、同人が成人後知能労働に従事できるよう相応の教育を受けさせたいと思いながらも、現在の境遇ではそれも危ぶまれ日夜懊悩していることが認められ、他方、証人手島千万樹の証言によれば、被告が営業用自動車約一〇〇台を保有し、出版物の限定運送を業とする相当の資産、規模、従業員を有する会社であることが認められる。

右認定の事実に本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すれば、被告の立証によつて認め得る被告が原告敏行のため治療費、義足代等合計金九万七、一七〇円を支出した事実を考慮してみても、原告等に対する慰藉料の額は、原告等が主張する各金額を下らないものと認めることができる。

被告は、民法第七一一条の規定の反対解釈からして、原告哲夫、同周子の慰藉料請求を認めるべきではないと主張するが、民法第七〇九条、第七一〇条の各規定と対比してみると同法第七一一条の規定が生命を害された者の慰藉料請求につき明文をもつて規定しているとの一事をもつて、ただちに、生命侵害以外の場合は如何なる事情があつてもその近親者の慰藉料請求がすべて否定されると解しなければならないものではなく、身体を害された者の近親者と雖も、そのため被害者の生命侵害のときにも比すべき精神的苦痛を受けた場合には、自己の権利として慰藉料を請求し得ると解せられ(最高裁判所昭和三一年(オ)第二一五号、同三三年八月五日第三小法廷判決参照)、本件の事実関係の下においては、右原告等が右の程度の精神的苦痛を受けたと認めるに充分であるから、同原告等に対し前記慰藉料の請求を認めることに何等の差支がないといえる。

四、過失相殺の主張について判断するに、原告敏行が本件事故当時漸く三才三月余に達した幼児であつたことはさきに認定したとおりであつて、同原告は責任無能力者であるから、仮に何等かの過失があつたとしても同原告につき過失相殺を適用すべきではないこと多言を要しないし、前顕甲第五号証によれば、本件事故が道路沿いの両側に人家が建ち並ぶ裏通りであつて必ずしも交通頻繁な場所ではないことが認められるから、原告哲夫、同周子が原告敏行を一人で本件道路沿いの前記紙業日日新聞社事務所に遊びに出していたとしても、これを以て原告敏行の保護者として原告哲夫、同周子に監護上の過失があつたとすることはできない。被告の右主張は採用の限りではない。

五、以上の次第であるから、原告敏行の請求は被告に対し、(一)義足代金二〇万一、八五七円、(二)治療費金一〇万円、(三)得べかりし利益の喪失による損害金一一八万八、八七〇円、(四)慰藉料金三〇万円合計一七九万〇、七二七円及び内義足代及び治療費以外の合計金一四八万八、八七〇に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和三七年七月一七日から、内義足代二〇万一、八五七円に対する本件口頭弁論期日終結の日であることが記録上明らかである同三八年一月一六日から支払済に至るまでの民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を理由があるとして認容し、その余の部分を失当として棄却し、原告哲夫及び同周子の各請求を理由があるとして認容し、訴訟費用の負担について原告敏行の関係において民事訴訟法第九二条本文の規定を、原告哲夫及び同周子の関係において第八九条の規定を仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 高瀬秀雄 羽石大)

別表(一)

年令

使用年数

(耐用年数)

必要義足数

価格

3~5才

10ヵ月

3

13,000―

39,000―

6~11才

1ヵ年

5

14,500―

87,000―

12~14才

1年6ヵ月

2

29,000―

15~17才

2ヵ年

11/2

15,000

22,500―

18~60才

3ヵ年

14

210,000―

必要義足数

261/2

代金合計額

387,500―

(二)

年令

使用年数

(耐用年数)

価格

現在価額

1

6才4月~7才3月

1ヵ年

14,500―

14,500―

2

7才4月~8才3月

14,500―/(1+0.05×1) 13,809.05

3

8才4月~9才3月

14,500―/(1+0.05×2) 13,181.81

4

9才4月~10才3月

14,500―/(1+0.05×3) 12,608.69

5

10才4月~11才3月

14,500―/(1+0.05×4) 12,083.33

6

11才4月~12才3月

14,500―/(1+0.05×5) 11,600―

7

12才4月~13才9月

1年6ヵ月

14,500―/(1+0.05×6) 11,153.85

8

13才10月~15才3月

14,500―/(1+0.05×7.5) 10,545.45

9

15才4月~17才3月

2ヵ年

15,000―

15,000―/(1+0.05×9) 10,344.83

10

17才4月~17才12月

(但し0.5足分)

7,500―/(1+0.05×11) 4,838.71

11

18才~20才

3ヵ年

15,000―/(1+0.05×112/3) 9,473.68

12

21才~23才

15,000―/(1+0.05×142/3) 8,653.85

13

24才~26才

15,000―/(1+0.05×172/3) 7,964.60

14

27才~29才

3ヵ年

15,000―

15,000―/(1+0.05×202/3) 7,377.05

15

30才~32才

15,000―/(1+0.05×232/3) 6,870.23

16

33才~35才

15,000―/(1+0.05×262/3) 6,428.57

17

36才~38才

15,000―/(1+0.05×292/3) 6,040.27

18

39才~41才

15,000―/(1+0.05×322/3) 5,696.20

19

42才~44才

15,000―/(1+0.05×352/3) 5,401.20

20

45才~47才

15,000―/(1+0.05×382/3) 5,113.60

21

48才~50才

15,000―/(1+0.05×412/3) 4,854.05

22

51才~53才

15,000―/(1+0.05×442/3) 4,639.18

23

54才~56才

15,000―/(1+0.05×472/3) 4,433.50

24

57才~59才

15,000―/(1+0.05×502/3) 4,245.28

201,857.02

必要義足数

23.5足

代金合計額

¥348,500―

現在価額

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